『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を映画館で見ました

昨日、『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を映画館で見ました。この映画は、小説とテレビアニメ版の映画化作品ですが、小説を読まず、テレビアニメ版も見ず、かつ、何も事前に調べずにいきなり見ました。

これは久しぶりに見たよい映画でした。

しかし、まず名前が変ですね。「ヴァイオレット」はいいのですが、「エヴァーガーデン」って何でしょうね?英語にしか見えませんが、「エヴァーガーデン」の意味が不明です。「エヴァーグリーン」なら意味がわかるのですが、そんな名前はないでしょう。

公式サイトで登場人物の名前を見ると、変なのが多いですね。

「クラウディア・ホッジンズ」って、女性の名前のはずなのですが、この映画では男性ですね。これ、変ですよね。

「そんな事知るか!」って怒られそうですが、もし「佐藤花子」という名前を男性に付けたら、変だと思いませんか?気持ち悪いですよね。

この作品の原作者は、世間の人はみんなそういうことがわからないとでも思っているのでしょうか?ちょっと考えてほしいものですね。だって、気持ち悪いですからね。もし「田中一郎」と名乗る女の子がストーリーに登場したら、何か特別な物を感じてしまいます。「変態」とか。

英語やその他の外国語がわからないのなら、使わなければいいのにといつも思います。

名前が意味不明だったので、どんな言語を想定しているのかと思って、文字を見たら、ロシア語などで使われるキリル文字が混じっていますが、それ以外の見たことのない文字がありました。

「いったいどこの国なんだろう・・・。」と私は思いました。

しかし、言動のパターンがみなさんずいぶん日本風なんですが・・・。(^ ^;

映画の出だしは、ずいぶん現実的でしたが、「もうどうでもいいや。ファンタジーということにしよう。」と思い、後は、この世に実在しない架空の世界の話として見ました。

映画『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』
『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』

ストーリーは、手紙を誰が書いたのかと言う話でした。ずいぶんと地味なテーマです。手紙を書きたい人がいて、それを代筆する人がいるという設定です。

これはもしかしたら、かなり退屈な展開になるのではないかと思いました。

手紙が風に吹かれて飛んでいくし・・・。『フォレスト・ガンプ/一期一会』(フォレスト・ガンプ いちごいちえ)(原題:Forrest Gump)みたいでした。まねしたのかも。

「・・・となると、ある人の人生の話かな。」と予想。たぶん、数奇な運命に翻弄された人の話だろうと思いました。果たしてその通りでした。

そのある人が、ヴァイオレット・エヴァーガーデンと言う名前の女性でした。『フォレスト・ガンプ/一期一会』では、主人公のフォレスト・ガンプ自身が自分の人生を語りますが、この映画では、だれがその役をやるのだろうかと一瞬思いましたが、最初に出てきたショートの黒髪の若い女性、デイジー・マグノリアがリードしていく展開になることはすぐにわかりました。直接はヴァイオレット・エヴァーガーデンを知らない設定なので、調べて追っていくと言う話になると推測しましたが、その通りでした。これでデイジー・マグノリアの役割がわかり、ストーリーを把握できるようになりました。

設定がすぐに飲み込めたのは幸いでした。初見の方は、ここでこけないことが大切です。

このヴァイオレット・エヴァーガーデンと言う女の子は、言葉遣いがずいぶん丁寧なのに、何か人間的な面がごっそり抜け落ちているという人でした。普通には、精神的な病気なのですが、この映画では、過酷な環境がこの人の人格をそうしてしまったと言う設定のようでした。

ヴァイオレット・エヴァーガーデンが「愛してる」という言葉がわかるようになったということが、ストーリーの要になっていることにしばらくして気がつきましたが、どうしてわかる様になったのか、この映画ではまるでわかりません。きっとその過程が重要なのでしょうが、省かれています。2時間そこそこの映画では、まるで違うストーリーにしないと、そういう話を描くことは難しいでしょう。

しかし、丸ごと重要な部分が欠けているにもかかわらず、上手に演出されていて、「愛してる」という言葉がわかったということを感動的にしているところがすごいです。後でよく考えると、どうわかったのかが謎ですが・・・。

ヴァイオレットが少佐と呼ばれている「ギルベルト・ブーゲンビリア」という男性を忘れられないと言うことが、「愛してる」と言うことなのだと思います。少佐の母親の墓参りをずっと続けているのが、その表れと考えるべきですね。この映画では、それを本人であるヴァイオレットがわかっているかどうか謎ですね。

この映画は最後に少佐が生きていることがわかり、ヴァイオレットが少佐を訪れるという展開になり、「え?」と思いました。これまでの重厚な展開はいったい何だったのでしょうか?

もしやこれで、二人が再会してハッピーエンドになるのではないかと心配し始めたのですが、いやな予感は的中して、再開してしまいましたね。しかも海に飛び込みました(笑)。

やめてほしいですね、こういうのは・・・。

もし私が脚本を担当していたら、ヴァイオレットが島に着いたときには、少佐は何年か前にお亡くなりになっていて、島の老人から少佐の話を聞くと言う展開にしていたと思います。

その中で、少佐が「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」という少女について後悔していることをいつも語っていたと言う話が出る。

最後に、ヴァイオレットは島の浜辺に出て、座り込み、一人静かに泣く。

・・・そんな展開です。

どこかで聞いたようなエンディング?

ええ、『道』(原題:La Strada)です。もっとも、男と女が逆ですが・・・。

たぶん、こういうエンディングにしていたら、歴史に残る名作になっていたかもしれません。少佐と再会すると言うエンディングにしたせいで、この映画はパワーが半減してしまいました。

関連ページ:
『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』公式サイト