映画館で『君の膵臓をたべたい』を見てきました

先日の日曜日、2020年6月7日の朝、映画館で『君の膵臓をたべたい』を見てきました。10:10からの上映だったのですが、見ていたのは私を含めて4人だけでした。新型コロナウイルスの影響ですね。映画館は、ほとんど誰も来ていないと言う感じでした。

『君の膵臓をたべたい』は、2017年の夏に公開された際に合計3回見ていますので、今回で4回目になります。本作は「ラブ・ストーリー」とされることが多いのですが、実際には、ただのラブ・ストーリーとは違います。いや、むしろラブ・ストーリーとは言えないと思います。

この作品は、人と人とが関わること、そして生きていくことと、死ぬことの意味を問う作品だと思います。主人公の二人は、最後まで「恋人」同士にはなりませんでした。だから、ラブ・ストーリーではありません。

ラブ・ストーリーと言うことなら、ヒロインの桜良(さくら)と元彼の間でなら、成立すると思います。この二人は、かつて恋愛関係が存在していて、それが終わったと言うことです。だから、破綻していますが、ラブ・ストーリーにはなりますね。

桜良は、「僕」(志賀春樹)が自分を恋人と見ていないから、付き合わせたわけです。自分がまもなく死ぬことを知りながら、まるで平気でいる「僕」と一緒に普通の生活を楽しみたかったから、「僕」と一緒にいようとしたわけです。これは恋愛関係ではないので、ラブ・ストーリーではありません。

映画の評論家の中には、勘違いしている人がいるようなので、あえて書いておきました。そもそもタイトルを間違えているし・・・(笑)。専門家でありながら、ちょっと情けないのですが、それだけ奥が深い作品で、本当に理解するのは難しいです。

公式サイトを見に行きましたが、公開当時よりもコンテンツがずいぶん削られている様な気がしました。作品情報の中にあった「プロダクションノート」の中身がなくなっています。ひどいですね。映画会社はいったい何かを考えているのやら・・・。

この映画には、『星の王子様』と言う本が出てきますが、これはフランス人のアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupéry)が書いた小説です。難しくはないので、小説と言うよりも、むしろ大人向けの童話みたいなものです。この映画を本当に理解するには、この本を読んだ方がいいかもしれません。

前からちょっと気になっていたのですが、『星の王子様』の原題の『Le Petit Prince』ですが、「る・ぷち・ぷらんす」の様に発音するみたいです。但し、「ぷらんす」の「ら」の部分は、フランス語特有のちょっと変わった音です。

このお話には、孤独な王子様がバラと出会う話が出てきますが、「孤独」とは何かとか、人と人との関係は何かといったことが描かれています。短い話で、簡単なので、興味があれば、一読をお勧めします。

この本を「僕」に渡したと言うことは、桜良がいかに孤独にさいなまれていたかがわかります。

私は、『星の王子様』を英語で読みましたが、そこには・・・

I am all alone.

・・・と言う王子様の叫びが書かれています。ポイントはこれです。これが全ての起点です。これを桜良は伝えたかったのでしょう。


桜良と「僕」は、全く無関係の間柄で、全然別の方を向いています。これがポイントです。(画像引用元

私は、『星の王子様』を17歳の時に読みました。その時は、非常に感動しました。たぶん100回以上読んだと思います。しかし、今はかなり嫌いです。なぜなら、私は一人になりたいからです。しかし、一人になると、徐々に心が死んでいくような気がします。

だから、私はブログを書いて叫んでいるような気がします。叫びたくなるのは、私も星の王子様も同じかもしれません。

桜良の気持ちがわかれば、この映画の意味もわかるのではないかと思います。

関連ページ:
映画『君の膵臓がたべたい』の公式サイト
『君の膵臓をたべたい』の評価と感想(視聴前用レビュー)