『天気の子』を見ました

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ネタバレがありますので、ご注意下さい。

アニメ映画の『天気の子』を見ました。

ストーリー自体はおもしろいのですが、内容が浅すぎて、つまらないです。『君の名は。』から新海誠の本来の作品に戻ったような話を聞いたのですが、全く違っていました。戻ったと言っても、『星を追う子ども』レベルです。しかも、それよりも内容が浅いし・・・。(^ ^;

ヒロインの陽菜がかわいいという話もありますが、まあ、新海誠の作品にしては、まともにキャラクターデザインがやってあったように思います。しかし、相変わらず原始的ですね。何でそこだけ原始的なのかわかりませんが、内容が浅くなったので、キャラクターデザインを原始的にする意味もないように思います。それとも、ああいうキャラクターデザインが新海誠のブランドになっているのかもしれませんね。

しかし、18歳だと言っていたのに、最後近くになって、15歳でしたというのは、ちょっとどうかと・・・。

18歳と15歳では全然違うので、普通、見ればわかるし、話をすれば、もっとはっきりわかります。それに15歳の女の子が知らない男の子にハンバーガーの差し入れなんてしないでしょう。そういうことをするのはせいぜい20歳ぐらいになってからです。

弟の小学生は、大人びすぎていると思います。あんな小学生はいません。小学生は、もっと馬鹿です。

小学生や中学生というのは、人を見ても、年齢の判断がつきません。馬鹿だから。また、アニメや映画などで、登場人物にちょっと変装されると、別人だと思い、変装だとは気がつきません。馬鹿だからです。

高校生ぐらいになると、徐々にそういうレベルから脱していきます。ただ、馬鹿だと、半永久的に脱することができないかもしれません(笑)。

このアニメ映画は、登場人物の年齢と行動が釣り合っていないんですよね。

それから、主人公の帆高とヒロインの陽菜の関係が幼稚すぎます。あれではまるで小学校低学年じゃあないですか?どうしてそこだけ幼稚なのでしょうか?15歳と16歳なら、恋になりそうですが、恋以前で止まっています。馬鹿みたいですね。

新海誠の昔の作品だと、中学生で一緒に寝ています(笑)。まあ、この作品でも一緒に寝ていますが、これは小学生のごろ寝でしょう。逃避行するのなら、抱き合っても良さそうです。そうでないとおもしろくありません。

そして、最後に、たまたま偶然再会するなんてあり得ません。たまたま偶然再会できないのが、人生の悲しいところです。そこを描くのが新海誠のよいところだったのですが、なんと、みんなが望むような、あり得ない話を作ってしまったのです。だから、何も心に残らないのです。

残念ですね。

私が原作者だったら、二人の関係は最後まで行ってしまって、そして引き離され、永久に再会することはないという話にしてしまいます。

「芸術、芸術などと言っていると、あ~いうふうになっちゃうよ」と言われるような人になってしまうかもしれませんね。

新海誠の大衆路線は残念です。